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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)1109号 判決

控訴人 被告人 朝田稔

検察官 石井玉蔵関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金壱万円に処する。

若し、右罰金を完納することができないときは、金百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

弁護人鶴田英夫の控訴趣意は、末尾添付の書面記載のとおりである。

右に対する判断。

第一点(理由不備)について。

被告人の本件所為が、営利の目的に出たものであることは、被告人において証拠とすることに同意を与えている、司法警察員に対する被告人の第一、二回供述調書によつて極めて明らかなところであり、原判決が、被告人の本件所為は、法定の除外事由なくしてなされたものである旨を判示しているのは、営利の目的の不存在を法定の除外事由とし、被告人が営利の目的に出たものであることをも示す趣旨であると解されないこともないので、原判決に所論のような理由不備の違法があるものとは認められない。

第二点(法律上の理由不備)について、

昭和二三年一二月二一日物価庁告示第一二八二号による指定価格が、物価統制令第三条第四条にいう統制額であることは明白であるので、同価格超過売買の犯罪事実に対する法令の適用を示すためには、物価統制令第三条第四条第三三条の外右告示の適用を示せば十分であって同告示が総理庁令第何条によるものであるかの点までも示す必要はない、原判決に所論のような法律上の理由不備はない。

第三点(犯意)について、

原判示摘示の事実は、その挙示の証拠によつて認められないことはない、なるほど被告人は原審第一回公判廷において、裁判官の問に対し、黒砂糖の価格統制が外されたことを新聞紙上で知り、自由に売買できるものと思つて取引したものである旨を述べているのではあるが、原判決が同供述を証拠としない趣旨であることは、判文の趣旨自体から明白であり、事実上黒砂糖の価格統制が撤廃される以前に果してその撤廃の記事が新聞紙上に掲載された事実があるかどうか極めて疑わしいのみならず、仮りに誤ってそのような記事が掲載され、被告人においてそれを信じた事実があったとしても、新聞記事は往々にして、事実を誤まり伝えることもあることは、社会生活上時折経験されるところであり、新聞紙上の誤まつた記事を信じたという一事を以て、直ちに被告人に価格違反の犯意がなかつたものと断ずるのは相当でない、価格統制の撤廃を信ずるについて社会生活上合理的な事由の認められない本件において被告人の犯意を是認した原判決は相当であつて、論旨は理由がない。

第五点(刑の廃止)について、

黒砂糖の統制価格が本件犯行の後、昭和二四年一〇月二一日物価庁告示第八七六号によつて廃止されたことは、所論のとおりであるが、その廃止以前になされた本件違反行為については、なお罰則の適用があるものと解するのが相当であるのでこの点に関する論旨も採用の限りでない。

第四点(量刑不当)について、

記録にあらわれた所論のような事情に照らせば、原判決の科刑は、やや過当であると認められるので、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免がれない。

よつて、刑訴第三五七条第三八一条により、原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但し書に従い、本件について更に判決する。

原判決摘示の事実を法律に照らすと、被告人の所為は、各物価統制令第三条第四条第三三条、昭和二三年一二月二一日物価庁告示第一、二八二号にあたるので、所定刑のうちいずれも罰金刑をえらび、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、罰金等臨時措置法第一条第二条、刑法第四八条第二項により、各罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金壱万円に処し、若し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金百円を壱円に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄)

弁護人鶴田英夫の控訴趣意

第一点原判決は、被告人朝田稔は何等法定の除外事由もないのに(1) 昭和二四年五月一七日朝田浅市方で山崎初義に黒砂糖七十五斤をその統制価格を超過した代金で(2) 同日同所で野村福江に黒砂糖百斤をその統制価格を超過した代金で、各売渡した旨を認定し、これに物価統制令第三条及第三十三条を適用して処断している。

然るに物価統制令第三条の規定は契約当事者が営利を目的とする場合か該契約を為すことが自己の業務に属する場合でなければ適用せられないのであるから(物価統制令第一一条)本件被告人の行為が営利を目的としたものであつたか若しくは其の業務に属する行為であつたかを認定した上でなければ物価統制令第三条及第三十三条を適用処断することはできないのである。原判決はかゝる重要なる事実の認定を欠いて居るから、右第三条を適用したことの当否は判らないし、被告人が果して、法律上罰せらるべぐして罰せられたものかどうかを知るに由ないのである。即ちこの点において原判決は理由不備の違法あり破棄を免れないものである。

第二点原判決は、被告人朝田稔について認定した事実に対して、物価統制令第三条、第四条、第三十三条、昭和二十三年十二月二十一日物価庁告示第千二百八十二号及び罰金等臨時措置令を適用して、罰金三万円に処している。即ち被告人の所為を以て物価統制令第三条の違反行為だとしてゐるのである。しかし右物価統制令第四条に明規しているように、右第三条違反となるには、その契約、支払又は受領が「総理庁令の定むるところにより」物価庁長官が価格等につき指定した統制額を超えた場合に限るのであつて、単に物価庁長官が価格等の指定をしたものがあるからとて、それが直ちに物価統制令第三条違反の基準価格とはならないのである。而して原判決の適用法令を以てしては、昭和二十三年十二月二十一日物価庁告示第千二百八十二号が、果して物価統制令第四条所定の、物価庁長官が総理庁令の定むる所に依り指定した価格等の統制額に該当するものであるかどうかを知ることはできないのである。即ち原判決は法律上の理由不備の違法がある。

第三点原判決は被告人朝田稔の犯罪事実認定の証拠として「被告人等の当公廷での供述」だけをあげている。よつて原審公判調書につき被告人等の供述を検するに、被告人等は裁判官から公訴事実について予め陳述することがあるかどうかを尋ねられて「事実についてはその通りであつて別に争うことはありません」と述べ、更に被告人朝田稔は裁判官の質問に対して「新聞紙上で黒砂糖の統制が外されたことを知り自由に売買出来ると思って取引したのですが警察で取調べを受けて初めて価格統制のあることを知り大変悪いことをしたと思つて居ります云々」と供述しているのである。即ち同被告人の供述の趣旨は、起訴状記載の取引行為のあつたことは相違ないが、それは新聞紙の記事によつて、法律上許容せられた適法行為であると思つてしたことであり、違法性の認識がなかつたとの供述であること極めて明瞭である。およそ法定犯につき犯意の内容として違法性の認識が必要であることは大審院も屡々判示してきたところであり(後記判例参照)本件においては、前記のように犯罪構成要件たる犯意のあつたことが争はれているのであるから、原審では須らくこの点に関する審理を尽した上犯意の存在を証拠によつて認定せられなければならなかつたのである。然るに原判決が犯罪事実認定の証拠とした被告人朝田稔の供述は前述のように犯意否認の供述であり、その他の被告人山崎初義及び野村福江の原審公廷における供述は何れも単に、被告人朝田稔から黒砂糖を一定の価額で買受けたことは相違ないというに過ぎずして、毫も被告人朝田稔の犯意推定に資すべき事項に触れたものはないのである。よつて原判決は証拠によらずして被告人朝田稔の犯罪行為を認定した違法ありとせざるを得ない。(参照判例、大審院昭和一六年(れ)第一〇六〇号判決、東京地方刑五昭和一六年四月五日判決、宇都宮地刑二昭和一五年八月九日判決、朝鮮高等法院刑昭和一六年一二月二六日判決

第四点原判決が被告人を罰金三万円に処し、その刑の執行を猶予しなかつたのは、原審記録及び証拠によつて認めらるゝ左の事項に照し量刑甚だしく不当と謂うべきである。

一、前科なく初犯である。

二、取引物件が主要食糧でもなく、国民生活の維持や国家経済の復興に重要な関係を持つ物資でもなく、調味料乃至嗜好品に属する而かも黒糖である。

三、直接の動機は偶然、多量の黒糖を所有する者からの勧誘にある。被告人の営業である食糧品の販売も思はしくなく、殊に前月中旬金一万円の窃盗難にかゝり、多少あせり気味の時であったので幾分でも利益の収めらるゝ仕事だと考へ、他人から資金の融通を受けて買入の約束を為したものゝ一部をその場で売つたのである。

四、巨利を博せんとしたものではなく、一斤当り売主の言いだした値段百九十五円で仕入れて、二百円と二百十円とで売つたのであつて、僅かの利益に過ぎない。しかも本件検挙を受け一部残金の支払を受け得ないことになつたので実際上は損失を招いているのである。

五、統制法規を無視して違法行為を敢行したのではない。新聞紙で黒糖の統制は解かれたことを知り価格の統制に思い及ばずして買受け更に売渡したのである。過失はあつたとしても少くとも善意でしたことである。従つて運搬中の人が警察官から咎められたので相談して呉れとの依頼を受け、それが被告人自身の物でもないのに平気で警察署に事情を話しに行つた位である。

六、被告人は共同引揚者住宅間に店舗を有してさゝやかながら、まともな食糧品や、青果物等の販売を業としている商人であつて、闇屋でもなければブローカーでもない実直な小商人に過ぎない。

七、外地で生れ外地で育つたが敗戦によつて引揚げて来た者で不動産は固より、商品以外に格別の資産もなく、妻の外十二才を頭に三名の子供を被告人の前記商売によつて糊口しているのであるから、多額の罰金を納め得る筈もなく結局被告人にとつては体刑の実刑を科せらるゝに等しいことゝなるのである。被告人はこの事情を酌量願うために正式裁判の申立をしたと供述して居るのである。

八、改俊顕著で再犯の虞なきものと認めらるゝ。その状況は始末書、供述書並に原審公判調書等の記載とこれ等によって推測し得る被告人の心情及び経歴等に徴して観取し得らるゝのである。

九、共同被告人との間の刑の権衡が保たれていない。取引の段階及び数量の異なることは罰金刑の多寡によつて調節せられたとして、刑の執行を猶予すべき情状の有無は自ら別問題であつて、小売によつて、より大幅の利益を獲得する目的で買受けた他の共同被告人に比較して、前記の諸情状は聊かも遜色を認むることを得ない。

十、現在においては既に価格統制が撤廃せられて処罰の対照とならない行為となつている。

第五点本件取引の目的たる黒砂糖の統制価格は、本件犯行後、昭和二四年六月一五日物価庁告示第三九七号により廃止せられて同時に新たな指定があつたが、更に同年十月二十一日物価庁告示第八七六号を以てそれも廃止せられた。即ち黒砂糖の価格統制ということがなくなつたのであつて、刑事訴訟法第三三七条第二号に該当し、免訴の言渡あるべきものと思う。

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